"691074"

"691074"は"ROCKでなし=ろくでなし"と読ませます。自分が感じた事を書き綴っていきます。お気軽にコメントを残して下さい。

■ スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

■ "自由"って何ですか?

"自由"って言葉を、おぼろげながらも意識したのは、いつ頃からだったろうか。

中学生の頃、俺の学校では、ギターの授業があった。

俺、中学2年生。

初めて触るギター。

興奮したよね。

それまで音楽とかには無縁の生活を送っていたけど、何故か、興奮したなぁ。

ちょっと話は、それるけれど、今から思えば、黒夢の「Like a angel」の歌詞にある♪初期衝動に魅せられて走り出した♪の初期衝動だな、あの感覚は。

で、ギターの授業。

仲の良かったN君達と数名のグループで、課題曲を決めたっけ。

当時は、虎舞竜の♪ロード♪とか、江口洋介さんの♪恋をした夜は♪なんかが流行っていて、結構、それらを課題曲にしているグループがあったなぁ。

いや、懐かしすぎます。

音楽室の窓際に陣取った俺達は、あーでもない、こーでもないと課題曲について、話し合った。

皆、それぞれ意見を言ったんだと思うけど、俺の中で、N君が言った言葉がやけに残ったというか。

N君「尾崎豊の"15の夜"やろうぜ。めちゃカッコいい歌だよ。」

俺「は?却下、却下!(笑)」

今でこそ、N君の影響から始まり尾崎豊さんを敬愛している俺だけど、当時は、全く知らなくてね・・・苦笑。

で、ノリで却下して。

で、結局、なんかスリーコードでできる童謡というかそんなのをやった気がするな。

でも、上に書いたように、そのN君が言った「15の夜」って言葉が何故か俺の中で引っかかっていて・・・。

で、ある時、いとこの家に遊びに言ったら、「尾崎豊 17歳の地図」ってカセットテープを見つけて。

俺は、興味本位でいとこに言った。

俺「15の夜入ってるの?」

いとこ「あぁ、入ってるよ。」

俺「したら、それダビングしてよ。」

いとこ「いいよ」

そして、ダビングしてもらったテープを聴いた。

衝撃だった。

まず、イントロの軽快なリズムと、瞬発力のあるギターサウンドは、それまでの俺の中には無いものだった。

いわゆるポップスと呼ばれる音楽は、何の興味も無かった俺が、不思議なことに、イントロだけで、グッときたというかね。

で、尾崎さんが歌い始めるわけですよ。

♪落書きの教科書と、外ばかり見てる俺、校舎の裏タバコをふかして見つかれば逃げ場も無い♪

とてもじゃないけど、その時の俺の心境としたら、興奮しながらも「大人の前では聞けないな・・・」なんて罪悪感じみたものも感じたりして。

うまく言えないけれど、めちゃめちゃ興奮していた。

そして一通り聴き終わって、確か、10分テープだったので、テープをひっくり返して、B面を聞いたような気がする。

そしたら、今度は、今までの興奮を冷ますかのようなピアノのイントロ。

♪校舎の影、芝生の上、吸い込まれる空、幻とリアルな気持ち感じていた♪

そう「卒業」が流れてきたのです。

またしても、少年時代の俺の胸は張り裂けんばかり熱くなりました。ちなみに、この日は、元旦です(笑)。

たぶん、後にも先にも、こんなにプラトニックに、誠実に、純粋に、興奮した元旦はないと思います。

で、2曲聴き終わって、俺は、もう尾崎さんの虜になりました。

詩の世界も、曲調も、そして彼のボーカルも。

全てが、当時の俺が、潜在的に求めていたものだったんだと思います。

で、尾崎さんとの、その出会いを経て、次の日からは、もう毎日、尾崎さんの事ばかり考えるようになりましたね、苦笑。

寝ても覚めても尾崎豊。

朝昼晩の食事よりも「尾崎豊」が大事だった。

で、彼の事を知ったり、曲を知るにつれ、「自由」というものをもの凄く意識するようになりましたね。

高校に進学してからも、授業はそっちのけで、いつも窓から外を眺め、青くて高い空や、堤防の向こうに見える川の流れを見て、「自由って何だ?」「自由になりてぇ!」と考えていました。

いいか、悪いかは別にして、青春ですね~、笑。

何の授業の時も、そんなことばかり考えていたので、いつも授業は適当でしたね~苦笑。

印象的なのは、数学の授業。

「数学で、質問されたら、適当に数字を答えておけばいい」というのが、当時の俺の持論で、いつも「2」か「3」と答えていました。

もちろん、究極のあてずっぽなので、あっていることなんて滅多にないんだけど、当時の俺にとっては、そんな答えを出すよりも、「自由」の答えを出すことのほうが大切だったわけです、笑。

「サイン・コサイン」か何かの授業で、教師が俺に解答を要求してきた時のこと。

「いそっち君、ここの答えは?」と。

で、俺は例によって、

窓の外を見ながら「2」と答えました。

したら、教師は呆れ返った顔をするし、連れは笑うし。

後から聞いたら、方程式のアルファベットを入れる超簡単な質問をしてくれていたらしく、答えが「B」だったところを「2」と言ったので、皆、笑っていたそうです。

まぁ、そんな事が屁に思えるほど、当時の俺には「自由が何か」って事が大切だったのです。

俺も、若かった。

青かった。

まぁ、そういう意味の無い自由探しは大学まで続きましたね。

ある種、反抗しながら「自由」を求めた中高時代。

東京に出たくてしょうがなかった。

誰も縛る人がいない場所で、のびのびやりたかった。

東京に出て、大学に入った。

縛るものは何も無い。

その段階で、もうほとんど気づいていたんだけど、中高と探してきたわけだし、「これが自由だ」って思いたかった自分もどこかにいたんだろうね、きっと。

で、大学を平凡に卒業して、就職。

今の俺の会社は、まぁ、一般的には良い労働環境の会社ではないと言えるでしょう。

入社前には、インターネットで、うちの会社に対する色々な記事を読みました。

「過労死した社員がいる」

「残業手当なしなのに、残業150時間」

「何か問題が起こると暴力と金で買い取る」

まぁ、色々叩かれていました。

入社する時、相当悩みましたね。

ゲロ吐きそうになるくらい、真剣に、入社しようか迷ったね。

というのも、入ってすぐ辞める事だけは、俺の中では、あり得ないことだったから。

で、今までの自分の人生を振り返ってみた。

これからの事も含めて、色々、考えたね。

もしかしたら、人生で一番、現実を考えた時期だったかもね~あのときが。

で、俺の中で特に強かったのが、

「あ~、俺って、五対満足に生まれて、何不自由なくここまで来てんじゃん。コレってなんかダセェ?」

みたいな。

丁度、その時、黒夢を解散してSadsを組んでいた清春さんがこんな事を言っていたんだよね。

「孤高の丘に登りつめたい。誰も登ったことが無い丘。自分自身の限界。そしてその先の景色を見てみたい。そこに何があるのか。それを見てみたい。」

この言葉が、悩んでいた俺の背中をポンと押してくれました。

裕福に育ったわけでもないんだけど、

「何不自由なく親にここまで育ててもらって、俺、地獄らしい地獄見てないよな。もしかしたら、そういう局面があったかもしれないけど、親が守ってくれていたのかもな。現に、今、俺、生きてるし。確かにつらい事もあったけど、腹の底から死のうとおもったこともないし。だったら長い人生一度くらい、見ていないであろう景色、地獄を見るのもアリかもな。そして俺も丘に登ろう。そしてその先にある景色を見てみたい。じゃあ入社しますか。」

ってな感じで、今の会社に入社。

ん~、今、生きているから、たいした事無かったのかもしれないけれど、一般的には、地獄と言っても過言ではない生活をこの4年近くしてきたと思うかな。

まず、噂以上の労働だった。

と言っても強いられてきたわけじゃないから、会社の誰それに対する恨みとかは一切ないんだけど、体質がね。

社員は少ない上に、社風が厳しい。あとマーケット的な問題で東京は厳しかったという。

で、入社して1年目は、年間休日なんと10日。これは自分でも見事だと思った。なかなかこんな経験できないなと。親族、友人の冠婚葬祭以外は、全て出勤していたから。土日祝は平日。これは当たり前だった・・・。で、大体帰るのは終電。週に2回は泊まりがあったようなことも何ヶ月もあったし。後は、俺の入社した時が営業所閉鎖の危機にあったって事も精神的プレッシャーをいい感じで与えてくれた。俺が稼がなきゃココつぶれる!みたいな。

で、紆余曲折しながらも入社前に決めた3年は気づけばクリア。

なんとか4年目ももう終わろうとしている。

もう会社では古株も古株。社歴5番以内に入るんじゃないかな~。ほとんどが一年未満で辞めるかクビだったから・・・。おかげさまで、最近は、楽になってきたけれど。

で、今、思うこと。

それは

「尽きせぬ自由は、がんじがらめの不自由さの中にある」

って事。

まぁ、これは、長渕剛さんの♪STAY DREAM♪の歌詞の一節なんだけれど、中学で自由の意味を探し始めて、10年経って仕事を始めて、ようやく「自由が何処にあるのか」に気づいたという。

自由の意味は、まだまだこれからも探していくテーマなんだけれど、一般的に思われている自由の意味である「楽しさ」だったりというものは、「がんじがらめの不自由さ」の中でこそはぐくむことができるんだなと。それも、"他から強いられるがんじがらめの不自由さの中"にではなく、"自ら強いるがんじがらめの不自由さの中"にあると。

要は、"自ら強いるがんじがらめの不自由さ"とは"一生懸命生きる"事。その中に、本当の楽しみ(自由)ってものはある。それを見つけられるかどうかっていう。

だから、俺は、この仕事に就いて、色々あって、文句もいうこともあるけど、いい経験をさせてもらっているし、その中だからこそ感じられる喜びもあるから、この仕事、会社に感謝している部分もたくさんある。

今の仕事に就いていなかったら、こんなに家族の事、友達の事、自分の身の回りにいる人のことも考えなかったかもしれないし。

時間だったり、色々なものが、仕事で限られてしまうから、その中で「あいつに何かしてやろう」とか思えるようになったと思うし。

まぁ、長文になったけれど、尽きせぬ自由のある場所は「がんじがらめの不自由さの中」という事を結論にして、もっともっと楽しく生きていけるように頑張って行こうと思います。

以上。
スポンサーサイト

コメント

■ コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

■ トラックバック

トラックバックURL ▽
http://691074.blog13.fc2.com/tb.php/89-c1ec3052
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

いそっち

  • Author:いそっち
  • ☆ROCKERS☆というHPを運営しています。HPにも遊びに来て下さい。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。